上海語の発音・声調について 〜中古漢語にルーツを辿る〜

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この記事では上海語の声調の特徴やその起源について解説します。この記事を読むと、声調記号がなくても上海語の声調を推測する事ができるようになります。また上海語の声調だけでなく中国語(普通話)そのものの声調のルーツも紹介していますので、幅広く中国語学習者の方に読んで頂けると嬉しいです。

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上海語の声調の概要

さて、中国語の声調と聞いてまず思い浮かべるのは普通話の四声だと思います。第一声は高めの音程をキープ、二声は下から上げる、三声は低く、四声上から落とす、ってやつですね。妈妈骂马吗?(Māma mà mǎ ma? 意味:お母さんは馬を叱りましたか?) のように、同じ韻母・母音の漢字でも声調によって意味が変わるというあれです。

上海語の場合、声調は5つとなります。
普通話の声調と大きく異なる点は、促音、つまり日本語の「バッ」のように詰まった音がある点です。上海語の第一声は上から落とす音、二声は中間の音程からうっすら上げる、三声は低いところから上げる、四声は高い促音、五声は低い促音、という具合です。

上海語の五つの声調例)
第一声 低 di53
第二声 底 di23
第三声 地 dhi34
第四声 跌 dik5
第五声 蝶 dhik12

*数字は音の音程を表す調値で5が一番高く、1が一番低くなります。

図を使って例を示すと下記のようになります。

Chinese tones

ちなみに普通話の次に母語話者人口が多い中国語である広東語の場合、声調はなんと9つもあるとか(!)。普通話、上海語、広東語、これらの声調はどのようなルーツを持つのでしょうか?古代中国まで遡ってみましょう。

声調の成り立ち

中国語の四声は六朝時代の南斉・梁の沈約(441年~513年)らが中国語に声調があることに気づき、平・上・去・入と名づけたことに始まるとされます(出典Wiki)。ただこの四声は現代中国語(普通話)の四声とは異なり、実際にどのような音だったかは及び知ることができず、文献から推測するしかありません。例えば遣唐使であった空海が残した書物「文鏡秘府論」には『平声哀而安,上声厉而举,去声清而远,入声直而促(平声は哀しく安らかな音、上声は格式高く上がる音、去声は澄んで伸びる音、入音は真っすぐ短い音)』とあります (出典:https://jaycechant.info/2020/the-nine-tones-and-six-tunes-of-cantonese/ 日本語訳は筆者による)。何となくイメージは湧きますね。

その後、この四声に加え音の清濁(陰陽)の区別も加わり、平上去入×陰陽で8つの声調が生まれ中国の各方言へ発展・分派していきます。清濁の区別ですが、

  • 清音(=陰調)は声帯が震えない音。生理的に高めの音になる
  • 濁音(=陽調)は声帯が震える音。生理的に低めの音となる

となります。

普通話では声帯が震える濁音や詰まった音の促音(=入声)は無くなり、陰平(第一声)、陽平(第二声)、上声(第三声)、去声(第四声)、4つの声調にまとまりました。

上海語では音の清濁の区別、また促音が受け継がれ現代では陰平(第一声)、陰去(第二声)、陽去(第三声)、陰入(第四声)、陽入(第五声)の5つの声調となりました。促音はek,ikなど〜kで表されます。濁音は子音+hで表され、英語の発音に似ています。

例:bhは英語のbの発音に近い

広東語は9(!) 声調がさらに安く分岐したそうです。

上海語の声調 再び

以上の知識を元に、もう一度上海語の声調を見てみましょう。

Shanghainese tone

濁音は生理的に静音より低い音となるため、単に音が濁るだけでなく、声調を形作る要素となっています。つまり濁音(陽)を持つ音は低く始まり、静音(陰)は高く始まる、という具合です。

上海語は清濁(陰陽)の違い及び入音(促音)かどうか、で声調を区別できると言えそうですね。ただこれだと組み合わせは4つ。

もう一つの陰平は、音の調子は普通話の第二声と同じですが、ルーツとしては普通話の第一声と同じ中古漢語の陰平の末裔とのことです(出典Wiki)。

上海語の漢字の声調を判断する方法

ここまで読んだ事を整理すると、上海語についてはそのピンインを見ただけでその声調を判断する事が可能となります。

上海語大辞典

さてこの画像は上海語の辞書「上海话小词典 (上海大学出版社)」ですが、声調記号がありません!これは下記ロジックで以って読めば声調を推測する事ができるためです。また後述しますが、上海語の単語の声調は一文字目の声調によって全体の声調が決まるため、単語を構成する個々の漢字の声調を逐一押さえる必要がないのです。

上海語の声調判別方法

ちなみに上海語と日本語にも不思議なつながりがあります。ある漢字を音読みした際、フ、ク、ツ、チ、キで終わる漢字は上海語では入声(促音)となります。

例)
六 ロク
七 シチ
十 ジフ(旧仮名遣い)
月 ゲツ
滴 テキ

出典:太田 斎著「古代の四声と普通話の四声の対応関係」

普通話の声調や日本語の音読みを元に上海語の声調も判別できるとは、中国語のルーツを感じられ、なんとも言語的なロマンがありますね。

上海語の連続声調変化について

連続声調変化とは、音が連続した時に発生する声調の変化の事で、普通話では三声+三声が二声+三声に変化する事が知られていますね。普通話だと声調変化は三声+三声の組み合わせでしか発生しませんが、上海語ではこの声調変化が全ての声調の組み合わせで発生します。こう聞くと難しく感じますが、「単語の最初の文字の声調と単語の文字数によって全体の声調・イントネーションが決まる」というものです。逆に言えば単語の頭の漢字の声調が分かれば、それに続く漢字の声調が分からなくても読めてしまう、というものです。

具体的には下記の法則となります。

上海語声調変化

※例外:否定を表す「勿 (vek)」で始まる3音節の言葉は、2文字目が高い音となり3+55+21の連続声調となります。例) 勿适意 vek3 sek55 yi21 (気持ちが悪い)

まとめると、単語の最初の文字を構成する音の声調を見分けられれば、後は単語の文字数によって全体を正しい声調で読めてしまうということになります。そう考えると普通話よりも楽ですね。

生理的に低い音となる陽去で始まる単語、高い音で始まる陰平、それぞれのイントネーションを繰り返し練習して自然な発音を身に付けるのが良いと考えます。

日本語も柿と牡蠣の違いのように、イントネーションが大事ですが、上海語も同じですね。

まとめ

いかがでしたでしょうか、上海語独特の声調のルールだけでなく、その背景にある古代から受け継がれてきた声調との関係や、日本語との意外なつながりにロマンを感じて頂ければ嬉しく思います。

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