「繁花」ドラマ解説 最終回 (第30話 ネタバレ有り!)

繁花 ドラマ
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このシリーズでは2024年に中国で大ヒットしたドラマ「繁花」のあらすじを紹介して参ります。

いよいよ最終回!物語はどのように幕を閉じるのか、主人公たちの未来は

エンディングロールのキャストインタビューも必見!

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第30話あらすじ解説

阿宝は和平饭店を遂に去る。皆から宝总と呼ばれていたが、また元の阿宝に戻るのだ。エレベーターボーイの小小顾は阿宝にホテルマンの基礎を教えてもらった事を感謝し、26カ国語で挨拶が出来るようになったと報告来る。すると阿宝は、次は中国国内のたくさんある方言を学ぶよう勧める。今後発展が見込まれる上海には、他の地方からより多くの外地人が来ることだろう。小小顾は阿宝がきっとまた戻ってくると信じている、と告げる。

1994年3円、强总は服饰公司の一件で南国投に重大な損失を与えた咎で逮捕され、職務をないがしろにした罪、また国家財産に重大な損失を与えた罪で刑事責任を追求され3年間の懲役刑を受ける。强总が連行された3月1日はちょうど东方明珠塔完成の7ヶ月前であった。

3月、3ヶ月におよぶ残業を経て、汪小姐はついにウォルマートの注文の生産を終え、深圳から上海に戻って来る。汪小姐は外贸公司に案件完了の報告に行く、汪总の凱旋だ。汪小姐はみんなに特大のケーキを振る舞い、外贸公司の面々は汪小姐が阿宝にも負けない風格を持った、と喜ぶ。汪小姐は金科长と面会、ここで梅萍は会社をやめ独立したこと、そして金科长もGATT関係の業務に就くため外国へ去る事を知る。金科长は汪小姐のビジネスの成功を祈願し、汪小姐はそれまでの指導に感謝する。二人は熱く抱擁しあい、当面の別れを惜しむ。美しい師弟愛に思わずほろりとするシーンだ。

国の海外貿易産業の発展に伴い、元のマクロ的な管理手法は明らかに貿易の発展にはそぐわず、国は現代的企業制度にのっとり国有企業を改編する。全国的な海外貿易規模の発展を促し、また外贸公司の組織編成を改革、歴史が変わったと言える。

金科长が外贸公司を去ろうかという時、守衛に呼び止められる。金科长宛ての荷物を預かっていると。開封すると、なんと金科长が汪小姐に起業資金の足しに贈った切手帳が入っている。この切手帳は元々爷叔が当時の師匠からもらい、それを金科长の結婚祝いに贈った物だ。金科长の夫が海外で収集した切手もたくさん入っている思い出の物なのだ。爷叔は偶然友人がそれを入手した事を知り、買い戻してまた金科长に贈ったのであった。慌てて通りに出て爷叔を探す金科长、優しく微笑む爷叔、ここにも愛が溢れている。

汪小姐はシンガポールの客を連れ夜东京へ食事をしに来る。玲子とも久しぶりの再開だ。この日はちょうど来賓の誕生日で、汪小姐たちは誕生日の歌でお祝いする。図らずも玲子と汪小姐はその昔阿宝,菱红たちと仲良く宴会をしたことを思い出し様々な思いが胸に去来するのであった。汪小姐は深圳から戻って以来全てが変わってしまったと感じる。范总は退職し、杭州で薔薇を育てているとか。去っていく人たち、解散していく仲間たち。玲子は翌月香港で新しい夜东京を開く事となっており、玲子もまた去っていくのだ。

日は変わり、汪小姐と魏总は新しい事務所に入居する。場所は浦东の陆家嘴(今日の金融街、东方明珠塔の足元)だ。魏总派招き猫をまつり、商売繁盛と恋愛がどちらも上手くいくよう祈る。汪小姐はウォルマートの案件で得た8万元を魏总に渡す、諸経費を除くと儲けは僅か1万元で、それを魏总と折半しようとする。魏总は金儲けのためにやっているのではない、あるのは汪小姐へ恋の気持ちだとしれっと言う。汪小姐はすかさず二人の関係はビジネスだけの関係だと言い切る。もし他の感情があるのなら明珠公司は続けられないと。とほほな魏总だが、仕事だけの関係だと取り繕う。

汪小姐は阿宝の行方を尋ねるべく再び夜东京を訪れる。玲子も阿宝の行方は知らない。汪小姐は阿宝が自分を助けるために爷叔と喧嘩別れした事、そして爷叔がいなくなったからマネーゲームで敗北してしまった、と気に病む。玲子は遅かれ早かれ阿宝はそうなっていたと思う、と言う。周りはみんな阿宝が自分の運気を奪ったと言うけど、人はずっと運に頼っていられるとは思わない、と。そして汪小姐は玲子とまたいつか会えると信じ、江湖再见と別れの言葉を言う。玲子は人が去って疎遠になっても(人走茶凉)、いつも通り営業できてしっかり働いて儲かれば良いと思っているのだ。

汪小姐は阿宝にキャデラックを返すため、阿宝の行方を探し黄河路に赴く。黄河路もまた様変わりしているー金美林はKTVに変わり、至真园はその看板を下ろすところだ。红鹫酒家の露丝もおらず、自分が知っている人は誰もいなくなっている。街の情報屋であるタバコ屋も閉店している、と思いきや果物・花屋さんに改装していたところで、汪小姐は店主の景秀と久しぶりに再会する。 景秀の新しい店の名前は「过客(来ては去る客)」だ、黄河路の人間模様の変化をうまく表している。黄河路のみんなのその後を聞く汪小姐。敏敏,小江西,露丝たちは黄河路を去り、定兴路で小さな店を始めたそうだ。小さいながらもやっと自分たちが老板娘になれたのだ。至真园の潘经理は最後まで店に残ったが、2年間の契約満了につき花园酒店にもう一度戻っていった。潘经理は、ひいては李李も至真园は開店当初から長く続かないことを知っていたのだ。景秀は潘经理の去り際、阿宝と李李はどういう関係だったのか聞くが、潘经理は自分は分からない、そして本人たちに聞いたとて本当の事は教えてくれないだろう、と答える。ただ、「不到黄河路心不死(黄河まで辿り着かないと諦めない:とことんまでやる、ということわざ)」と言うように、李李は何かをやり遂げたと思う、と言う。景秀は、阿宝と李李の本当の関係がどうたったか、は天もしくは黄河路のみぞ知る、でも黄河路は何も教えてくれない(但是黄河路勿响)、と返す。最後の最後で小説版に頻出する“勿响”を持ってくるのはエモいなぁ。汪小姐はキャデラックを景秀に預け、いつか阿宝に返してくれるようにお願いし、黄河路を後にする。

黄河路不响

1994年10月1日、国慶節当日、东方明珠塔はついにオープンする。大勢の人が黄浦江にその完成を祝いに集まる。外滩から望む対岸には东方明珠塔が一棟ぽつんと、かつ高々とそびえる、今後の浦东の発展を予感させる壮観だ。阿宝は外贸公司の玄関で东方明珠塔を眺めているが、実は5年前のクリスマスに、汪小姐が科长に昇進した暁には二人で东方明珠塔の完成を汪小姐の会社で見ることを約束していたのだ。汪小姐は来ず、阿宝は一人だが、汪小姐が約束を破った訳では無い。汪小姐は黄浦江を挟んだ対岸、陆家嘴の新しい自分のオフィスで同じく东方明珠塔のライトアップを見ていたのだ。

东方明珠塔

1997年6月30日、香港はイギリスから中国へ返還される。香港は都市を挙げてこの日を祝う。阿宝もこの歴史的瞬間を見届けるために香港へ来るが、阿宝とこの年に再開を約束した雪芝はいないのであった。

阿宝は浦東が浦西に負けず劣らない経済発展を遂げると信じる。新たな機会に挑むため、阿宝は川沙にて阿四と一緒に川沙の農地を運営していくのであった。(川沙にはその後上海ディズニーランドが建設され、経済発展を遂げる。阿宝はきっと阿宝としてその後大成したんだと僕は思う)

过去无所不在 遇到过的人 发生过的事 组成我们的身体发肤 呼吸心跳
生命之树循环往复 我们知道自己每个春天 会开出什么样的花 也知道秋天一定不会结出什么样的果
但我们依然会期待 下一个冬去春来 繁花似锦
赤子之心常在 人不响 天晓得

過ぎ去ったものなど無い、起きた出来事、出会った人たちは自分の血となり肉となる
生命の樹は循環を続ける
僕たちは知っている、毎年春にどんな花が咲くか
そして秋にどんな実がなるかは分からない事も
でも変わらず信じている、次の冬が去り春が来たら花が錦のように美しく咲き乱れると
赤子の心(無垢な心)は常にある 人は言葉にしないが 天は知っている

阿宝

繁花 完

エンディングロールのキャストインタビュー「空门」も必見!

繁花、観終わった後、エンディングロールのキャストインタビューをお見逃しなく!

キャスト陣、監督、原作者が繁花への思い思いの感想を残しています。胡歌は自分だったら我慢できずに汪小姐に突き進んでいた(笑)とか、辛芷蕾 (李李役)は自分が一番美しい時に監督がレンズに納めてくれたことはとても幸せなことだ、唐嫣が汪小姐の役をやり切るために4年間他の芝居はやらなかった、といったコメントが印象的でした。

以下、インタビューの全文です

胡歌 (阿宝役)
小说里有句话叫「男女之事要有天时地利人和 差一分一厘就是空门」

我跟雪芝那场戏 就是 其实拍的时候我们都还非常难受 应该说是越拍越难受
我在她们两个人身上看到的是 人作为一个个体 他在整个命运的这样一个洪流里 他是非常地无措的就是 而他说的下了十三路的车 上了另外一辆车 十三路的车代表的是他的过去
不仅仅是他跟雪芝的这一段感情 我觉得是阿宝的人生当中某一个阶段的结束 而他上了另一辆车其实我们戏里面也讲得很明确了 这是一趟时代的快车 没有车票是因为他不知道什么地方是他瞎扯的终点站

(关于跟玲子的关系)他们知道他们不会迈过那条线
(关于玲子要求他把运气还给玲子的场戏)那次玲子是很认真的
(留下跟玲子分开的事情) 后来导演跟我说 你就同意了吗 他说你没有丝毫的留恋和免回吗
这是阿宝呀 我可能会 在哄哄她对吧 我到底想怎么样

(关于跟汪小姐的关系)很多时候我们用爱情来看两个人的关系
但其实爱情和爱是不一样的 但如果是我自己的话 我可能就冲过去了 换成是我 我肯定忍不住的 我自己我肯定就冲过去了

(关于跟李李的关系)我相信其实看过小说的读者是非常容易理解的
其实在这点上 我们剧中的阿宝跟小说中的阿宝是很贴切 很接近 他其实内心还是很复杂的
他其实活得并不是一个很轻松的人 如果说他真的像他表面上看的那么洒脱的话 其实他早就可能跟她或者跟她在一起了

(关于《繁花》)要我讲的话其实每一个演员在我们这个戏里面 他们都有质的提升
在我看来就是说 我觉得每一个人都是主角

金宇澄 (原作者)
空门每个人都会碰到的呀 就两个人没缘分呀 空门实际就是阴差阳错 有时候就差那么一点点 就不行了
虽然双方大家都很努力两个人最后没走到一起

就像导演说的花无百日红 来如春梦不多时 去似朝云无觅处

我觉得能这么做出来 已经是相当不容易了 真是不容易啊

王家卫 (監督)
在我的电影《一代宗师》里
宫二最后讲了一段话 所谓的大时代只是一个选择 或去或留 我选择留在属于我的年月里
在现实生活当中 我们没有选择
就像黄浦江上的浪头 滚滚向前

我还记得第一次见金老师 最后 他轻轻问我一句话
他说导演 你是有名的慢工出细活
十年 你认为可以吗 我说我尽力 今天我很高兴 因为我完成了这个是年之约

我要感谢所有支持我完成这个剧的人 包括我的家人 我太太跟我儿子 谢谢你们

马伊琍 (玲子役)
我觉得没有什么人在感情上能做到人间清醒的
玲子是爱阿宝的 我很明确 玲子深爱阿宝

既然知道这个男人跟她是不可能的 我仍然会跟他一起 把这个生意做下去

(关于玲子要求阿宝把运气还给她的场戏)其实那场戏拍得时间很长 而且那场戏其实是 唯一的我没有对他大声嚷嚷的 之前的很多戏都是我 我骂他 跟他吵啊 跟他作呀 那种
但那场戏没有 没有大声嚷嚷

你犹豫呀 你在那边百般不知取舍的时候 答案就出来了
就是你想喊住阿宝的时候 阿宝已经回头走了 那就不如就这样错过

(关于《繁花》)它就是一段我们的生活 你在里面你都可以看见我们在长大

前两天我女儿问过我 她说妈妈 她说你《繁花》杀青的时候你哭了吗
不用想 就是肯定要哭了

唐嫣 (汪小姐役)
他们见过他们曾经最初的摸样
他们俩就是差一分一厘 就这么错过了
排骨年糕时候的汪小姐 她想要的不是革命友情
工厂里面的汪小姐 她想要的是一口气
明珠公司的汪小姐她想要的是自己的码头

(始末書を書いた夜について)在那天晚上我相信汪小姐他应该是不能理解的
但是若干年之后 五年 十年 小汪再回头看
那一天晚上的排骨年糕 她也许是能够理解阿宝的

我作为一个观众 跳出来看这段戏的时候 我每一次看到这儿 我都锥心地痛
所以你应该就能理解 我为什么在戏里边每次只要是”宝汪”之间的这些 我都是想自来水一样 我就哭的特别痛心

在过去的四年里面很多人问我 你为什么没有出去拍别的戏
因为我就一直告诉自己 我一定要专心地完成这样一个角色
专心地去对待汪小姐

辛芷蕾 (李李役)
(关于李李跟阿宝的关系)他们俩是有缘无份
李李是一个把一切都看透了的人 看开了的人
她知道宝总未来的路要走去哪儿 她也很喜欢这个人 其实宝总身上有很多跟她相似的地方
或者说跟她曾经爱过的那个人 很多相似的地方
她把自己未来的路规划的非常清楚 但这个过程中肯定会有犹豫的时候
会有纠结的时候 但是她是能看到终点的那个人

(关于 我不是A先生的场戏) 从刚开始的时候已经想好了我们的结局 就是一个无言的结局

人生是一场荒凉的旅行 烟花背后每个人都有自己的故事 沧海桑田是缘 是劫 也是宿命
我们剧中有很多的空门 有因缘聚散 悲欢离合 是生意场 也是人生路 是天注定 也是没得选
如果念念不忘必有回响是一种必然 那么阴差阳错 失之交臂 也可能是另一种必然
江湖儿女都有自己的处理方式与和解的方式 相濡以沫 不如相忘于江湖

遗憾啊 遗憾就是 没怎么拍够
属于李李的呀 灿烂的一个梦

很感谢导演 在我最美的时候 保存在了这个镜头里 这部戏里面 是一件幸福的事

郑恺 (魏总役)
我们老说《繁花》像一个培训班嘛
所有的现场的工作人员 其实都在导演的这个培训班当中学习

游本昌 (爷叔役)
一场拼搏 而且觉得值得

陈龙 (陶陶役)
在这场梦里面 其实我不太想醒过来 我爱陶陶

董勇 (范总役))
我不想离开,繁花。组是因为 我希望在这个组里能够更多地见到范总的影子

陈国庆 (葛老师役)
很开心的 我还是这句话 这个组我永远不会忘记

女性スタッフ
就是一切终将过去 而过去的都将变成美好的回忆

男性スタッフ
我也希望那个 不管过了十年二十年 观众们想到九十年代的上海的时候 他都想到《繁花》这部剧集

本記事はhttps://tvmao.com/drama/YG0jXGVl を参考にしています

コメント

  1. Zhimei より:

    30話までお疲れ様でした!
    出演者のコメントは知らなかったので
    楽しく拝見できました。
    中国人の友達でも難しい内容のドラマだって言っているのに、こんなに詳しく解説できるなんて凄い語学力ですね!
    尊敬します!

  2. 美琪 より:

    又勾起了我的回憶,遙想1997年香港回歸那天,我媽帶著我去外灘觀看花火(中文用煙花,日語用花火,你不覺得還是花更美更有詩意嗎?我本來不知道日文是用這兩個漢字的,剛剛用五十音拼出來後有被驚艷到,日本人真的很擅用漢字啊),當時才8歲的我應該想像不到未來的自己去了香港工作生活還能說一口流利的粵語呢。雖然香港回歸對香港人是一個噩耗,很多人因此移民去了加拿大。但是對於懵懂無知的我來說,那就只是一場充滿歡樂氣氛的花火大会~