ドラマ「繁花」の魅力 : ドラマ解説を終えて

繁花 ドラマ
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  1. 本当に上海を理解したいなら「繁花」を読んだらいいよ

Found 158で知り合ったその上海人のニイチャンは、僕が上海語を勉強していると言うとそう勧めてくれた。早速買って読もうとしたのだが、上海語調の会話文を中心に文字がびっしり詰まった分厚い本に、僕は3ページで挫折した。阿宝は言った。陶陶は言った。小毛は響かない。という感じに会話文の連続で構成された文体で、かつ上海語調で表現された内容はとても読みやすいと言えるものではない。上海語ではなく上海語調、と僕が言ったのは、まず上海語は口語が中心の方言であり正式な書き言葉が定義されていないこと、そして繁花の文体も上海語と普通話の間を取った表記になっている、といった背景がある。別の言い方をすると、完全に上海語で書かれている訳では無いという事だ。例えば「あなたと一緒に行く」を上海語で表現すると「搭侬一道去」と表記するのが適切と言えるが、小説では「和你一起去」と表記されている。上海語が分からなくても読めるように配慮されているのだろうか。一方で「陶陶说,长远不见,进来吃杯茶」と上海語チックに書かれた表現もある。これは普通語で表現するなら「陶陶说,好久不见,进来喝杯茶」となるだろう。フレーズによって上海語と普通語の間を揺れており、正直その基準は分からない。

さてそこから二年ほどして、繁花が連続ドラマ化されると知り、僕は小躍りした。ずっと気になっていたあの本を、ドラマで見られる。それも監督はかのウォン・カーワイ、主役は胡歌だ!そしてドラマの音声も普通话と上海话二つ用意されていると。上海語の響きに魅了され、僕は上海語をずっと学んでいたが、上海語学習の教材としてもこれ以上うってつけのものは無いだろう。

ドラマ自体は2023年12月末に普通话版がリリースされたが、上海话版は年明けのリリースだった。会社でも同僚たちはみんな繁花の話題で持ちきりだ。何話まで見た、李李と汪小姐どっちがタイプか、俺は卢美琳だ、とか。社員食堂では排骨年糕、干炒牛河といったドラマに出てきた料理がメニューに加わった(さすがに霸王别姬は無かったが)。黄河路には観光客が押し寄せ、SNSも繁花で埋め尽くされる…正に社会現象になっていた。上海以外でも同様の熱狂があったのかは及び知らないが。

そして僕は翌月2月に3年半の赴任期間を終え、日本に戻ることになっていた。上海最後の思い出という点でも僕を繁花に夢中にさせたのかも知れない。Aochan、ウェンちゃん、ハジメさん、関根さんたち友人とドラマの考察を語り合ったのはとても良い思い出だ、そんな思い出を作ってくれたこのドラマには本当に感謝だ。

ここでなぜ繁花が人を魅了してやまないのか、その魅力を振り返りたい

ウォン・カーワイとその映像美

このドラマが社会の注目を集めた最大の理由がウォン・カーワイ監督だと思う。ウォン・カーワイ久しぶりの監督作品、それも初のドラマ作品だ。90年代、ミニシアター映画が流行ったころ、僕も「恋する惑星」や「天使の涙」を何回も観て、観ている自分に酔っていた(みんなもそうだよね?)。そのウォン・カーワイがあの繁花を撮る、それだけでテンション上がる。実際に観てみた感想としては、期待を裏切ることない映像美、まるで映画を見ているような色づくり、演出だ(花样年华を彷彿とさせる感じの)。

豪華キャスト陣

胡歌、马伊琍、唐嫣、辛芷蕾をはじめとする豪華キャスト達、とても絵になる面々で、見ているだけで美しい。実際、雰囲気重視で大したストーリー上の意味もない(?)シーンも多く、「この作品は雰囲気を楽しむ作品」という評判もあるくらいだ。

90年代の名曲たち

このドラマはBGMの選曲も秀逸だ。シーンにちゃんと合わせた80年代、90年代のC-Popの名曲がこれでもか、と使われている。フェイ・ウォンの「执迷不悔」、Beyondの「不再犹豫」、また日本人としては小田和正の「ラブストーリーは突然に」が流れるのも嬉しい。

名ゼリフの数々

汪小姐が范总に贈った「江湖再见」とか「我是我自己的码头」、金科长の「在你身边的人有可能不是你最喜欢的人,但是你也要好好珍惜」、汪小姐と魏总の「经常轻功 就能成功」とにかく名ゼリフがたくさん。胸を打たれまくり

謎解き、考察要素

このドラマはたまに意味がストレートに伝わらないセリフやシチュエーションがあり、中国のネットでも様々な考察が繰り広げられている。あの爷叔が言った言葉の意味は、あの李李の行動の意味は、とあれこれ推察するだけで楽しいのだ。

上海語

最近では「爱情神话」という全編上海語で撮影された映画もあるが、「繁花」は全30話、約17時間前後もある。これだけボリュームがある上海語コンテンツは極めて貴重だと思う(ちなみに「爱情神话」にも马伊琍(玲子役)と吴越(金科长役)がメインキャラで出演しています)。ちゃんと字幕もついており上海語の学習コンテンツとしては最上だと思うし、汪小姐たちが猛スピードで話している上海語のライブ感を楽しむだけでも最高だろう。

伸び盛りの時代へのノスタルジア

毎年右肩上がりで成長してきた中国経済もその鳴りを潜め、今上海で感じるのは正直なところ停滞感だろう。不動産危機、若者の就職難、そんなニュースばかりだ。一方で繁花で描かれるのは第一級の国際都市へ変革を遂げようとする上海の姿だ。イケイケどんどんでチャンスにあふれた上海。そんな時代への憧憬もあると正直思う。

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ドラマ解説を30話分やってみて

ドラマ解説を思い立ったのは、第一話を見てまったくストーリーに付いていけず、同じように困っている日本人視聴者も少しはいるだろう、と思ったからだ。このドラマ、ちょっとしたセリフやつぶやきが前後関係の重要な状況を表しているシーンが多く、それらのセリフを聞き逃すともう訳が分からなくなるのだ。始めは中国語で書かれたあらすじサイトを読んで自分なりの理解を深めていたのだが、それを日本語の記事にした、という訳だ。あらすじサイトを直訳した訳では無く、自分なりの解釈、故事成語の解説、SNSで話題になっている繁花ネタ等を織り交ぜたのは自分なりの工夫だ。

一度始めたら途中でやめる訳にはいかず、通勤の隙間時間にスマホでドラマを見てGoogle Docsに記事原稿を書く→まとまった時間がある時にパソコンで体裁を整えブログにアップ、という作業、そう大半が作業だ、を実に三か月続けた。かなりストイックな時間だったと思う。自分なりに得たものとしては、ドラマへの理解が大変深まった事(人に説明するには自分が理解している必要がある)、中国語語学力は多少上がったと思う(ドラマでは様々な故事成語が使われている)、日本語の文章能力、といったところだ。はじめはあらすじ解説と思っていたが、結局会話の隅々まで解説する事になり、「まとめ力」は付かなかった。でもやり切った感は格別だ。心が折れそうになった時もあったが、記事をアップする度に次を楽しみにしている、とコメント頂いたみんなに感謝です、ありがとう!!

上海語の復興を祈って

(筆者 2003年の外滩にて)

Wally

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